「古希を過ぎると」-1

わたしの友人のひとり、海苔屋の旦那が、先日四ヵ月ぶりに病院から無事に生還した。
 十年前にクモ膜下出血で命を落としかけ、こんどは脳梗塞で寝たきり状態になりかかった。子供の居ないわたしと違い、彼には息子と娘がひとりずつ、内孫が三人いる。
 奥さんは若くて美しいし、息子はすでに海苔屋を継いでいる.これと言って彼の暮らしに不足はないのだが、一つだけ悩みがある。
 彼は親に似て、五十代のはじめ頭から髪を失ってしまった。美人大好き、銀座大好きの彼に禿げ頭は絶対に許せない。仕方なく鬘を使うことにした。
 それは白髪混じりの高級品で、彼が鬘を使っているとは、大抵の人は気が付かない」。
 ところがこんど脳梗塞の治療で、自慢の鬘も着用は許されない。海坊主のように禿げた頭に、申し訳程度の毛が風に揺れている。
 彼を病院に見舞った帰り、玄関口まで見送ってくれた。偶々別の人の見舞いに来ていた中年の夫婦が「車でちかくの駅まで送ってあげましょう・・・」と申し出てくれた。
 その車中でのこと、ご主人が
「さっき見送っていた人は、お父さんですか・・・」
「えっ、どの人ですか・・・」
「頭の禿げた人ですよ」
「いやあ、彼は高校の同級生です」「ええっ・・・?」
 こんどは向こうが驚いた。そして改めてバックミラーでわたしの姿を確かめ
「あなたは失礼だけどサギ師みたいだ。若すぎますよ・・・」と言って笑った。
 わたしもつられて笑った。

 

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